「人の病気を治すことはもちろん必要ですが、同時に日本の政治の病気を治す医者も必要なんです」
元医師である小池晃議員は、政治家に転身した動機をこう語る。東京都内の病院で地域医療に 12 年間携わり、医療現場の第一線で働いてきた。やり甲斐のある仕事であると誇りに思う反面、医療の先に横たわる社会的な壁≠いつも感じていたと振り返る。
「脳卒中で運ばれてきた患者が救急治療で助かり、リハビリもやって杖があれば何とか歩けるようになった。けれども、いざ退院するとなったら息子夫婦が共働きで面倒が見れない。せっかくリハビリして良くなったのに、家に帰れず老人病院に入らざるを得ない。もっと社会でサポートできる仕組みがあれば、住み慣れた自分の家で暮らせるのに…。
また、手後れになってから初めて受診する人も多いんです。ずっと体の調子が悪いのに、職場の締め付けもあるし、休んだら仕事がなくなるかも知れないと」
小池さんが今でも忘れられないのは、ある糖尿病の患者の言葉だという。
「(検査したら)血糖値が 400 以上になって、今日入院しなければ駄目だと言ったんです。すると個人タクシーの運転手だったんですが『それは無理だ』と。『車買い替えたばかりで一日も仕事休めない。死んだら保険金が入るからそのほうが都合がいいんだよ』って言うんです。
病気の後ろにその人の置かれている労働条件や暮らしが見えて来て…。そんな理由でみすみす命を落としている人がいっぱいいるんですよ。
医療現場で懸命に命を救っても、その努力をぶちこわすような社会状況を生み出す政治、そんな政治の歪みを正さねばならないと思ったんです」
社会保障は明らかに後退
毎年のように改悪されている
小池さんが参議院議員に初当選してから 6 年。しかし、残念ながら状況はさらに悪くなる一方だと言う。
「特に社会保障の分野。国庫負担削減のため去年は年金、今年は介護、来年は医療保険…と政府が毎年のように改悪の提案をしています」
また、健康保険法の改正による医療費の自己負担増は、医師の立場から見ても大きな問題を孕んでいると指摘する。
「お年寄りの医療費が定額から 1 割負担に、サラリーマンが 3 割負担に引き上げられました。すると、負担増が原因で、必要な受診を控える傾向にあるという厚生労働省の調査結果が出たんです」
それによると受診抑制(受診を控える人の割合)が、昨年 4 月からの半年間で前年比約 3 %、10 月から今年 3 月までが 5 %と次第に拡大しているという。
「特に糖尿病の検査は、3 割負担になると 1 万円を超えるんですよね。調査結果では 1 万円を境に受診行動にあきらかに差が出ているんです。経済的理由で命が差別されていいのかなと感じますね」
小泉首相の構造改革路線が
自殺者急増の大きな原因
わが国の自殺者数は年間 3 万 4 千人を突破した。その根底には小泉政権の構造改革路線があると、小池さんは主張する。
「原因別の自殺統計で、もっとも増えているのは経済生活問題。これを理由にした自殺は 8897 人もいます。
こうなるともはや人災ですよ。経済的な理由で(計算上)一日 24 人の命が奪われているのはすさまじいことで、私は国家による殺人だと思っています。
特に小泉構造改革のしわ寄せがひどく出てきています。数字を見ても 91 年くらいから急上昇してますから」
もう一つの大きな原因は、鬱病など心の問題も含めた過労による自殺。不況の中、企業の利潤追求第一の姿勢が、労働者を自殺に追い込んでいるという。
「社会経済生産性本部の調査では、ある職場で『死にたいと思うことがよくある』と答えた人が 5. 5 %いたそうです。千人の企業だとすると 55 人はいつ死んでもおかしくない状況にあるという事態は、本当に深刻ですよ」
セーフティネットのための
財源の確保は可能である
「企業が倒産するのは構造改革が順調に進んでいる表れだ、と小泉さんは言いますけど、要するに利益があまり上がらないところから、利益ができるだけ上がるところに人材も物も移動するということ。その過程の中で(リストラや倒産で)切られて行く人を、きちんと支える仕組みを作ることが必要だと思うんですよね。
ところが構造改革路線を進めながら、いわゆるセーフティネット、失業保険や生活保護などは逆にどんどん弱体化させているのが現状です。
例えばドイツの失業保険は、基本的には新たな仕事に就くまでの生活を全部保障するんです。ドイツで失業した人がイギリスに留学して英語の勉強をして、ドイツの製品のパンフレットを英訳する仕事に就いたとします。すると、その間の留学費用や教育費、生活費が全部失業保険から出るんです。
だからヨーロッパの失業率が 10 %で大変だと言うけれども、こういう仕組みがあるので、日本みたいに失業したらホームレスという世界と違うんですよね」
たしかに小池さんの言うように、手厚い社会保障があるに超したことはない。しかし、深刻な財政赤字のなか、財源はどうすれば良いと考えているのだろう。
「僕ら“逆立ち政治”って呼ぶんですが、日本は社会保障に 25 兆円くらい、公共事業には 45 兆円くらい使っています。ヨーロッパは逆で、公共事業は社会保障の 3 分の 1 とか半分の水準なんですよ。だから税金の使い道を変えれば、社会保障をしっかり支える財源を作ることは可能です。道路特定財源によって、ガソリン・車の税金などは全部道路を作るためにしか使えない。そんな硬直した仕組みがあるじゃないですか。そういうのをやめれば、社会保障にもっとお金を使えるはずです」
1 年間に 9 千人近くが
経済的理由で自殺している
ところが実際には、国は財政赤字削減のため、弱者にさらにしわ寄せをしている、と小池さんは憤る。
「来年度も社会保障の自然増 2200 億円を抑制する方針が決まっています。
生活保護は国庫負担の比率を 4 分の 3 から 3 分の 2 に下げる。さらに“母子加算”を廃止するというんですね。母子加算というのは、母子家庭に生活保護費用を少し上乗せするものです。
厚生労働省は『一般の母子家庭と生活保護を受けている母子家庭の生活水準を比べると、生活保護を受けている母子家庭のほうが高い。だから加算はなくす』と言うんですよ。
まったく発想が逆で、一般の母子家庭が生活保護水準以下であることのほうが問題でしょう。にも関わらず、“平等にするため”と、母子加算を削ることによって低いほうの水準に合わせる。こういう議論がされているんです。こんなの本当に典型的な例だと思います。
介護保険も同様です。家庭での介護だと家賃や光熱費、食費がかかる。介護施設に入っている人はそれらが保険で給付されているのは不公平だから、施設の光熱費や部屋代を保険からはずして自己負担にしようとしています」
このように負担は高いほうへ、給付は低いほうへと、“公平”、“平等”という言葉をいわば逆手にとって、一番弱いところから削っていくのが現状なのである。
「財政赤字は削らなきゃいけないのは当然です。問題はどこから削るか。整備新幹線の予算を復活させたり、関西空港の 2 期工事の予算をつけたり、ミサイル防衛構想の予算を十何%増やすなどということこそ止めるべき。
僕が好きな沖縄の言葉に『ぬちどぅたから(命こそ宝)』っていうのがあるんですが、そういう考え方に日本の政治を土台から変えることが必要だと思います。経済問題を理由に年間 9000 人近くが自殺するような国はやっぱり異常ですよ」
(取材・文/津田 潤)