柳沢伯夫厚生労働大臣による「問題発言」が続きました。「産む機械」という言葉がクローズアップされましたが、より重大なのはその前後に語られた言葉でした。
「なかなか今の女性は一生の間にたくさん子どもを産んでくれない」「産む役目の人が一人頭でがんばってもらうしかない」
「産む機械」に「働く機械」
ここには女性の尊厳はおろか、自己決定権すらありません。必死にがんばっている女性の足を引っ張っているのが今の行政なのに、そこへの反省はひとかけらもありません。女性を国家の人口政策の道具としてしかみない、最悪の思想です。
その後ふたたび問題発言が飛び出したのは、参議院厚生労働委員会での私の質問に対してでした。生産現場で働く労働者について「工場労働というか、ベルトコンベヤーの仕事。労働時間だけが売り物です、というようなところ」と答弁したのです。
女性は「産む機械」、工場労働者は「働く機械」とでもいうのでしょうか。これだけ大問題になった後でも、平気でこうした発言が口をついて出る。柳沢氏が、人間、労働者の尊厳を無視し、モノとしてしか見ない人物であることが、ここにはっきり示されています。
私も国会議員になってから歴代六人の厚生労働大臣と対決してきましたが、これほどひどい発言を繰り返した人はいません。柳沢氏は厚労相としてはあまりに不適格であり、罷免は当然のことです。
啄木の歌との出合いも
実はこの騒動の直前、ある新聞に柳沢氏がみずからの生い立ちや成長過程を語った文章を寄せました。貧しい家に生まれたことから始まるエッセイでしたが、私の期待は見事に裏切られました。
柳沢氏は石川啄木の歌との出合いを、こう語っていました。「『はたらけどはたらけど なおわがくらし楽にならざり ぢっと手を見る』貧乏は惨めだ。しかし啄木の歌を読んでいるともっと貧乏になるのも厭うべきではないと思えた」 えっ?
そして高校時代には、社会科学研究会でマルクスやエンゲルスの著作を読んだことを告白。しかし、「『大学に進んだ後、これからは平らな大通りを歩こう』ぬかるみの回り道に疲れた私は心に決めた」 なんで?
大事なポイントで、ぐいぐいとねじ曲がっていくような違和感を覚えるのは、私だけでしょうか。
厚労大臣、退場以外なし
そして彼は当時の大蔵省に入り、その後政界に転じ、昨年安倍晋三氏の「自民党総裁選挙対策本部長」としての貢献ぶりが評価され、厚生労働大臣になったというわけです。
彼の生い立ちや高校時代の経験がそのまま生かされれば、すばらしい厚労大臣になれたのでしょうが、残念ながら、それを裏切る方向で「成長」をとげたようです。日本の国民にとっても、柳沢氏にとっても、一番の解決策は退場していただくことでしょう。
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