- 小池晃君
私は、日本共産党を代表して、労働基準法の一部改正案について、小泉総理大臣並びに厚生労働大臣に質問をします。
労働基準法の目的は、労働者の最低の労働条件を定め、使用者の行為を規制し必要な義務を課すことにより、使用者に対して弱い立場にある労働者を保護することにあります。ところが、当初政府が国会に提出した法案には使用者の解雇権が明記されていました。労働基準法の立法趣旨を根底から覆す政府案に対して、国民や労働団体、法曹界が挙げて反対したのは、余りにも当然のことでした。
その後、衆議院において、使用者は労働者を解雇できるとの表現が削除され、解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、権利濫用として無効と修正されました。この結果、今まで判例法理とされてきた解雇権濫用規制が法制化されることとなったのです。
日本共産党は、不当解雇の横行をなくすため、二〇〇一年に解雇規制法案を提出し、労働基準法への解雇ルールの明記を要求してまいりました。今回、野党四党が一致して要求した修正が実現したことは、国会の役割が発揮されたものとして高く評価したいと思います。
そこで、総理に伺います。
本法案は、そもそも総理が就任直後の一昨年五月、解雇しやすくすれば企業が安心して人を雇うとして解雇法制の制定を指示したのが始まりでした。しかし、使用者は解雇することができるという条文は削除、修正をされ、総理の解雇しやすいルールという考え方は国会で完全に否定されたのです。このことを一体どう受け止めているのですか、まず答弁を求めます。
さらに、三月に再改定が閣議決定された規制改革推進三か年計画では、法案に盛り込むことすら拒まれた金銭賠償方式の検討が挙げられています。裁判で解雇無効とされてもなお金銭で解雇できるような方式は、解雇ルールが修正された経緯も踏まえ、この際、潔く撤回すべきではありませんか。
解雇ルールが修正されても、ほとんどの労働者がその適用とならない不安定雇用とされるのでは、せっかくのルールを生かせません。本法案が衆議院で可決された際の連合事務局長談話でも、有期契約の契約期間の上限延長、裁量労働制の手続要件緩和など、多くの問題が残されていることが指摘されています。いずれも労働者と国民の生活に深くかかわる大問題であり、参議院での審議の役割は極めて重要であります。
そこで、ただしたいのは、有期雇用の期間の上限を一年から三年に延長する問題です。
最新の総務省労働力統計では、失業率は五・四%、失業者は三百八十五万人と、最悪で深刻な状況が続いています。パート労働者などの非正規雇用労働者は全体の三割を超え、とりわけ女性では五一・二%と、ついに過半数を超えました。
青年の実情も深刻であります。先日、内閣府が発表した国民生活白書によれば、フリーターと呼ばれる若年不安定雇用労働者が、九五年の二百四十八万人から二〇〇一年には四百十七万人に激増しています。フリーターの七割が正社員を希望している一方、二十四歳までの正社員は同期間に二百四万人も減り、しかも六十時間以上の長時間労働を強いられる青年正社員が四十九万人増えています。さらに、今後新規学卒者の採用を拡大すると答えた企業が九%にすぎないのに対し、派遣労働者の拡大と答えたのが三七%、臨時、パートの拡大が三八%です。白書では、こうした企業戦略が若年の雇用の悪化を招いていると指摘しています。
衆議院の審議で、有期雇用計画期間を三年に拡大すれば常用雇用の代替が進むのではないかとの質問に対して、政府は、企業の戦略から総合的に判断されるので懸念はないと苦しい答弁を続けました。しかし、国民生活白書が指摘をしているように、非正規雇用の拡大が企業の戦略である以上、歯止めなく拡大するおそれは十分にあります。三年まで有期で雇用できることになれば、新規学卒者は契約社員として採用され、三年でふるい落とされ、仮に更新できても使用者都合で数年で雇い止めされかねません。
総理、これでは新規学卒者の採用の在り方が激変するのではありませんか。中高年の大規模なリストラに利用されるのではありませんか。そうならないというなら根拠を示していただきたい。
ILO 百五十八号条約では、あくまで常用雇用が原則で、有期雇用は例外とし、解雇制限を避ける目的で有期雇用を利用することは許されないとしています。日本は政労使一致で同条約の採択に賛成しながら、いまだに批准していませんが、有期雇用の期間延長で常用代替を進めることは ILO 百五十八号条約に背くものではありませんか。
国民生活白書では、フリーターの増加が生産性を低下させ、経済成長の制約になるおそれがあるとしています。総理は閣議決定した白書の指摘に責任を持ち、フリーターの増加を促進する有期、派遣労働の規制緩和という政策をきっぱり改めるべきではありませんか。明確な答弁を求めます。
〔議長退席、副議長着席〕
有期雇用や派遣労働などの不安定雇用労働者を更に拡大していくことは、社会保険制度の未加入者を増やし、社会保障制度の土台を揺るがすことになるのではありませんか。また、白書が指摘しているように、フリーターの増加は未婚化、晩婚化、少子化を深刻化させます。これもまた、年金制度などの基盤を掘り崩すことになるのではありませんか。少子化の克服や持続可能な社会保障制度というなら、不安定雇用の拡大に歯止めを掛けることこそ求められているのではありませんか。併せて伺います。
パート労働者など非正規労働者と正規労働者との均等待遇が盛られていないことも大問題であります。
昨年、雇用能力開発機構が三菱総研に委託して行われた調査によれば、正規従業員とパートタイムの賃金格差を縮小することで正規従業員は五年間で百十九万人増加し、経済全体の所得、消費が増加するためコスト負担増は相殺され、その上、正規従業員の労働時間は一人当たりの残業が削減されるとの結果が出ています。いいことずくめではありませんか。
日本共産党は、本院にパート・有期労働者均等待遇法案を提出しています。総理、賃金や労働条件の格差を放置したまま有期雇用などの非正規労働者を拡大するのではなく、均等待遇の法制化を図ることこそ雇用情勢を改善し、日本経済を活性化させるのではありませんか。
さらに、裁量労働制の問題です。
これは、幾ら働いても労使が決めた時間しか働いたとみなさないもので、サービス残業を合法化し、命と健康を破壊し、まともな家庭生活を不可能とするものにほかなりません。前回法改正時に、我が党は、こうした働き方は国際基準から見て異常だと批判しましたが、その後、世界で裁量労働制を導入した国はあるのですか。裁量労働制の拡大は、厚生労働省が進めるサービス残業根絶にも逆行するのではありませんか。厚生労働大臣に伺います。
過労死を生む日本の長時間労働は、国連社会権規約委員会の最終見解でも、過大な労働時間を容認していることに重大な懸念を表明すると厳しく批判されています。この勧告について、二〇〇六年六月までに回答が求められていますが、検討は一体どこで行われ、どこまで進んでいるのですか。総理は、日本に課せられた、労働者の実態を正確に掌握し、労働時間を短縮する国際的責務をどう果たすつもりですか。裁量労働制の拡大で労働時間を実態より短く見せて、国際的批判をかわすことなど断じて許されません。総理は、裁量労働制の拡大を進めるような国が国際社会で信頼を得られるとでも思っているのですか。
そもそも、小泉内閣は、歴代内閣が閣議決定してきた年間総実労働時間千八百時間の達成をいまだに閣議決定していません。なぜ閣議決定しないのですか。総理は十五年たっても実現しないこの最低限の目標すら投げ捨てようというのですか。
以上論じてきたように、労働基準法の改悪の問題は解雇ルールの修正だけで解消できるものではありません。衆議院の参考人質疑でも、裁量労働制や有期雇用契約の延長に多くの懸念が表明されました。本院において、こうした意見を真摯に受け止め、労働者保護をうたう労働基準法によって労働者が不利益を被ることなど決してないよう、徹底審議を求めて、質問を終わります。(拍手)
〔内閣総理大臣小泉純一郎君登壇、拍手〕
- 内閣総理大臣(小泉純一郎君)
小池議員にお答えいたします。
解雇についての規定に関するお尋ねですが、政府原案における解雇についての規定の新設は、最高裁の判例で確立しているものの、これまで労使当事者間で十分に周知されていなかった解雇権濫用法理を法律上明確にすることにより、解雇をめぐるトラブルの防止、解決につなげることを意図していたところであり、解雇を促進するという意図は誤解であります。
衆議院においては、政府原案のままでは使用者に解雇が自由にできるという誤解を与えるのではないかとの強い意見があったことを踏まえ、与野党の間で真摯な議論がなされた結果、こうした懸念を払拭するための修正が行われたものと承知しており、この修正により、当初の目的が一層効果的に果たされることになるものと考えております。
解雇の金銭的解決制度についてですが、解雇の金銭的解決制度については、その申立ての要件や金銭の額等の在り方について労使から様々な意見が出されたことから、今般の改正法案には盛り込まないこととし、引き続き検討することとしたところであります。
いずれにしても、金銭的解決制度の導入については、労使の意見を十分に踏まえた上で対応することが必要と考えております。
有期労働契約の上限の延長により、常用代替につながるのではないかとのお尋ねでございます。
今回の有期労働契約期間の上限延長は、雇用形態の多様化が進展する中で、有期労働契約が労使双方にとって良好な雇用形態として活用されるようにするという観点から行うものであります。
企業における常用労働者と有期契約労働者の構成については、企業戦略、人材戦略の一環として、長期的視点に立った企業内能力開発、労使間の協調的な信頼関係の育成といった点を含め、人員構成、配置、キャリア形成の在り方など、種々の観点を総合的に考慮して定まることとなるものと考えております。このため、今回の改正により、常用雇用の有期雇用への代替など、御懸念のような事態を直ちに招くものとは考えておりません。
なお、御指摘のあった ILO 条約については、我が国としては批准しておらず、その違反の是非についてコメントする立場にはありません。
有期労働契約、労働者派遣事業の見直しに関し、フリーターの増加や社会保障制度の維持についての御指摘がありました。
有期労働契約の上限の延長は労使双方にとって良好な雇用形態として活用されるようにする観点から行うものであり、現在より長期の雇用も可能となることから、雇用の安定化につながるものと考えます。また、労働者派遣事業の見直しは、雇用のミスマッチ解消に向け、派遣労働者の雇用の安定等に配慮をしつつ行ったものであります。
いずれも、いわゆるフリーターの増加を促進するとの意図は全くありません。また、現状においても、有期契約労働者については、二か月以上の健康保険等の被保険者となる期間で雇用されている者がその多くを占めている点や、派遣労働者についても派遣元事業主に対して社会保険に加入させてから派遣を行うことなどの指導を徹底していることを踏まえれば、これらの改正により社会保険制度の未加入者が増大するといった事態を招くものとは考えておりません。
なお、今後の日本経済を担うべき若年者に職業意識や能力が十分育っていないフリーターが大幅に増加し、未婚化、晩婚化を通じた少子化の深刻化の一因となっていることについては、政府としても重要な課題と認識しております。
このため、若年者トライアル雇用による雇用の促進や職業訓練の充実など、産業界や教育界とも連携した、きめの細かい若年者の雇用対策が講じられるよう、関係大臣間で協力して取り組んでいくこととしているところであります。
均等待遇についてですが、パートタイム労働者の増加など就労形態が多様化する中で、だれもが安心して働くことができるような労働環境を整備していくことは重要な課題であると考えております。
労働者の待遇は職務内容などに応じて決定されるものであり、常用労働者とその他の労働者との間で待遇の均等化を一律に図ることは困難と考えておりますが、政府としては、パートタイム労働者について、通常の労働者と同様の職務を行い、人材活用の仕組みや運用等が通常労働者と同様の実態がある者については同一の処遇決定方式を用いるなど、通常の労働者との均衡を考慮した公正な処遇を確保する方策を検討しているところであります。
労働時間短縮及び裁量労働制についてでございますが、労働時間の短縮に取り組むことは重要な課題と考えております。このため、小泉内閣においても、年間総実労働時間千八百時間の達成、定着に向けて取り組むことを平成十三年八月の閣議決定において明確に定めているところであります。
政府としては、御指摘のあった国連社会権規約委員会の勧告も踏まえ、こうした目標の達成、定着に向けて引き続きその進捗状況の把握に努めつつ、年次有給休暇の取得促進と所定外労働の削減に重点を置いた取組を着実に進めてまいります。
また、今回の改正においては、裁量労働制について労使の十分な話合いに基づくことを前提とした制度の基本的枠組みを維持しているところであり、裁量労働制が長時間労働につながることはないものと考えております。
なお、裁量労働制の制度自体について国際的な批判があったとは承知しておらず、今回の改正も国際社会で認められるものと考えております。
残余の質問については、関係大臣から答弁させます。(拍手)
〔国務大臣坂口力君登壇、拍手〕
- 国務大臣(坂口力君)
小池議員から裁量労働制についてのお尋ねがございました。
ただいま総理からも御答弁をしていただきましたので、若干重複をいたしますが、御答弁を申し上げたいと存じます。
企画業務型裁量労働制につきましては、労働者が主体的な多様な働き方を選択できる可能性を拡大するために、その選択肢の一つとして導入したものでございます。今回の改正は、この制度がより有効に機能するよう、同制度の導入、運用についての要件、手続を緩和しようとしたものであります。
今回の改正後におきましても、導入に当たりましては、労使の十分な話合いを必要とすることなど制度の基本的な枠組みを維持することから、今回の改正が御指摘のようにサービス残業の合理化につながるものとは考えておりません。
また、前回、平成十年の労働基準法改正の後に諸外国においてこの裁量労働制を導入した国があるかどうかというお尋ねでございますが、それは承知をいたしておりません。
いずれも、労働委員会の決議によりまして、みなし労働時間の適切な設定も含めまして、今後とも裁量労働制の適正な運営が確保されるように指導を徹底しますとともに、賃金不払残業につきましては、労働基準法に違反する、あってはならないものでございますから、厳しく対処をしていきたいと考えているところでございます。(拍手)