2000年9月1日 小池 晃
雪印乳業食中毒事件は、15000名の食中毒患者、200名の入院という史上最悪の食中毒事件となりました。工場の操業停止により多数の販売店の営業にも深刻な影響を与え、酪農家にも様々な不安や混乱をもたらしています。酪農家からは「私たちは厳しい基準をクリアするため、衛生管理に細心の注意を払ってきたのに、今回の加工乳の事件で、牛乳に対する信頼まで失われてしまう」と当然の怒りがわきおこっています。 この事件を起こした雪印大阪工場は、HACCP認定施設です。厚生省が特に「安全だ」と承認した施設で、不衛生な事態が放置されていたわけですから、厚生省の責任はたいへん重大です。
実は、わが党はこのHACCPの問題点と危険性を早くから指摘していました。95年の食品衛生法「改正」案審議の参議院本会議で、わが党の西山登紀子参議院議員が、HACCP導入について「安全性について国民的なコンセンサスも検証もないこのようなシステムの性急な導入はやめるべき」と主張しているのです。それに対し、当時の井出厚生大臣は「この制度は、厚生省が安全性を十分検証した上で承認するものでありますので、安全上なんら問題な」いと答弁しています。こうした浅薄な認識が、今、鋭く問われているのではないでしょうか。
食品製造の現場では、「HACCPだから安全だ」という”HACCP神話”ともいうべきものがまん延していたと指摘されています。
実際に、HACCP認定されると企業の食品衛生管理者の設置義務がなくなってしまいます。
そしてたとえば、雪印の大阪工場では、食品衛生法上は月一回の監視も、HACCP認定後、98年には年に8回、99年には6回だけしか行われませんでした。
さらに、わが党の小沢和秋衆議院議員が雪印の宮崎県・都城工場の調査を行った際に、現地の保健所は「HACCP認定を受けているので、3ヶ月に一回の検査でよいことになっている」と説明したということです。
ご承知の通り、HACCP認定を受けると「厚生大臣認定」と書かれた認定証がつけられます。文字通り厚生大臣の「お墨付き」であり、消費者も「これなら安全に違いない」と思ってしまうでしょう。しかし、実態はどうだったのでしょうか。
HACCPは、事業者が危害分析を行い、未然にトラブルの発生を防止するシステムといううたい文句です。そのためには、事前の製造施設の届出が正確に行われていることが前提です。しかし、容器づめしたものの再利用工程や調整乳ラインは雪印の全工場で承認申請時に届け出られていませんでした。
さらに作業手順が標準化され、作業手順書が作成されることも、必須のはずです。しかし、この点でも、手洗浄の部分や、再利用に関わる標準作業手順書がすべての工場でつくられていなかったのです。
またHACCPシステムの管理にあたる専門家チームの役割も重要です。しかし、この専門家チームもほとんど役割を果たしていませんでした。
申請の段階でも、作業手順でも、チェック体制でもHACCPが機能していなかったのですから、第二、第三の雪印事件を起こさないためにも、HACCP制度全体について、抜本的な見直しを行うことが必要です。
厚生省は「フォローアップの査察をする」と決めましたが、定期的な査察を決めたのは雪印の工場だけです。たまたま雪印の1工場でHACCPの問題があったというのではなく、全工場で機能していなかった以上、これは雪印だけ査察をすればいいというものではありません。
やはりHACCPそのものを見直すことが必要ではないかと思うのです。
具体的には、まず、HACCP認定基準の見直しと厳格化が必要です。書類審査でなく、厚生省の検査官が時間をかけて十分現地調査し承認にあたることは当然でしょう。また、食品衛生法を改正して、HACCP認定企業でも食品衛生管理者をおくようにすること。そして、HACCP認定後も行政が抜き打ち検査を実行することも大事です。
あらためて現在のHACCPの限界を認め、抜本的な見直しを行うことを求めたいと思います。
さて、HACCP制度の問題点の背景にある、わが国の食品衛生行政の体制について議論を進めたいと思います。
外国はどうなっているか調べてみました。
アメリカではどうでしょう。FDA(食品医薬品局)の職員は9000人です。その中には2100人もの科学者(化学研究者900人、微生物学者300人を含む)がいます。さらに1100人の検査官が年間15000の事業所を訪問しているといいます。
その他にも食肉、卵製品を監督しているFSIS(農務省食品検査局)は全国6500の工場に7500人の検査官を常時配置して検査を行っています。
カナダのCFIA(食品検査局)も職員数4600名です。
一方、日本の食品衛生行政に関わる厚生省の生活衛生局の職員数は151名。これは食品衛生と環境衛生あわせた数字です。二けた違う水準で、これだけの人数では全く不十分です。
実際、雪印の工場のHACCP承認にあたり、厚生省の担当官が直接現地調査したのは21工場中7工場だけでした。人員体制を大幅に増員すべきです。
さらに検査員に対するトレーニングの問題もあります。実際にHACCP承認の調査を行う都道府県の衛生監視員に対する「HACCP研修」は日本では3日間です。
たった3日の研修では、とても大企業の複雑な製造工程のチェックはできません。「素人が監視しているのに近いのが現状」の声が出ているほどです。
それに対して、たとえばカナダでは、CFIAの検査員に対するトレーニングは以下のように行われています。
まずトレーニング専門の担当者が本部に6人。各地域事務所に2〜3人で合計約20人。そしてトレーニングは、ステップ1が2日間の講義と試験、ステップ2が2日間の講義。ステップ3は第一段階の第1部が5週間の講義と試験。第2部が一人のコーチに2〜3人の生徒がついた実習で、実際の承認審査を体験し、実際に生徒も審査を行うそうです。そして第二段階は2日間の講義と試験、さらに実習。これだけやってようやく検査官として一人立ちするとのこと。
日本とはあまりに取り組み方が違うではありませんか。
さらに、日本ではこうした食品衛生行政について最前線で仕事をしているのは保健所ですが、この保健所の数がどうなっているか見てみましょう。10年前と比較して保健所の数がどうなっているかというと、89年(H1)には848カ所だったのが、今年はなんと594カ所に激減しています。
保健所の数が急速に減少しているのは、厚生省の「保健所半減」政策によるものです。厚生省は単に減らすのではなく、「二次医療圏ごとに重点化する」と弁明するのですが、これでは保健行政がさらに後退することは明らかです。さらに、二次医療圏の人口は2万人から290万人と格差103倍、面積も格差171倍で、こうした配置には全く合理性がありません。
たとえば、雪印事件の起こった大阪市では、今年4月に24行政区にあった保健所を、人口260万人の大阪市にたった一カ所としてしまいました。
さらに大阪市では、それまで別々だった食品衛生監視員と環境衛生監視員を統合しました。現場では監視員の専門性が弱まったと指摘されています。監視員1人当たりの対象施設は10年で100件以上増えて、98年には654件。これでは十分な監視にはとても回れません。最低限月1回の法定監視と十分なHACCP施設検証のできる体制が必要です。
今回の事件を受けて、厚生省は、最低限のこととして、保健所の統廃合や食品衛生監視員の削減はただちにやめるべきではないでしょうか。それすらやらないのであれば、食品衛生行政に対する責任放棄のそしりを免れないでしょう。
今回の事件の背景にある貧困な食品衛生行政をあらため、HACCPの見直しも含めて、抜本的な体制の強化が求められています。